2013年2月13日水曜日

2/12火曜 「すき焼き」丼


先日の「宴会」で、食いきれなかった「すき焼き」を貰ってきた。
そいつを「卵」でとじて、「すき焼き」丼ってこと。

宴会等で、山の様な「食べ残し」を見ると、凄ーく「痛い」。
「これ、みんなもと生き物だぜ。」とか、
「ここに並べるために、何人の手が掛かっているやら。」とか、
「腹減らして、死ぬ人もいるのに」とか、とか、とか、
「ありきたり」「当たり前」過ぎる「思い」ばっかだが、
つらつら考えちまう。

「小さい」店だと、「お持ち帰り」もOKだけど、
「ホテル」だと、「石橋叩いて」持たせてはくれない。
今、「世の中」が、何かあると、
まず「他人のせい」にする傾向があるから、
より図体のデカイところは、より「リスク」もデカイくもなるので、
「石橋」を叩く。

「絶対、あんたのせいにはしません。」とか、
「一筆」書いても良いから、持たせてくれりゃあイイのにとも思うが。

ま、お客様にも一因はある。
それは、「万人に受け容れられる料理は無い」って事。

例えば、人によって「ご馳走」「豪華」「美味そう」って思える物が違う。
「カニ」「エビ」が良いって人もいれば、
「血も滴る肉」が良い、
「瑞々しい野菜」が良い、
「パン」が良い「ご飯」が良い「麺」が良い、etc.etc.etc.etc.…………。
つまり、人それぞれ「価値感」が違う。
が、「わー!いっぱい!」「でかい!」は誰にでも分かる。
結果「見た目豪華」「食い切れないだけ」に走る傾向がある。

ま、それも提供側に考えが足りないって事もある。
全体の分量を考えていない、
お客様の動きを観察していない、
「増減」を考えると仕事が複雑になる、etc.etc.etc.etc.…………。

「食い物の分量」は、けっこう厄介なテーマだ。
自分の中でも「結論」は、まだ、まだ出ていない。
今でも「試行錯誤」の連続だ。
「年齢」「性別」「職種」「体調」………。
考えなきゃならない事山盛り。

newport宮木英貴




2013年2月10日日曜日

2/9土曜 北寄のヒモと、ほうれん草の根っこのパスタ


スーパーでたまに見る、生の「北寄のヒモ」。
「ベロ」は「刺身パック」になり、その「余り物」と思われる。
「余り物」てな位だから、そりゃ、そこそこ安い。

と組み合わせたのは、「ほうれん草の根っこ」てか「根元の赤い所」。
ここがまた、甘みがあって美味い。
チョイと調べると、
《根元に、糖分やミネラルが集まるため甘い。
赤い部分には、骨を作る「マンガン」という成分も含まれてる。》
なんだそうだが《葉ほどの栄養はありません》だそうで、
「捨てる」なら、「食えば」ってところ。

まあ「貧乏」ったらしい「賄い」ではあるが、
これはこれ、「美味しいね」か何か言いながら食う分には、
充分「幸せ」な「賄い」ではある。
これは、何につけても「パスタ」ってヤツの「包容力」の賜物。

「各種肉」「魚介」「野菜」、「クリーム」「トマト」etc.…………。
「ありとあらゆる」食材と合わせても、「こりゃダメ」はない。
かなり個人的な意見だが、「パスタ」を美味くするには、
合わせる「材料」の風味を、どれだけ「パスタ」に「吸わせる」か。
が「カギ」と思っている。
まあ、「例外」は常にあるが.....。

「固め」に茹で、「ソース」と絡める、「ソース」の中で火を入れる。
その時間が、必要に思える。

今回も、先ずは「北寄のヒモ」を「白ワイン」で軽く蒸し煮にする。
この「白ワイン」には、「北寄」の「味」「風味」が移っている。
火の入った「北寄のヒモ」は、「白ワイン+水+チョイ塩」で、
「黒い所」やら「エラみたいなベロベロ」を洗ってやる。
この「洗った液体」も捨てない。けっこうの「味」が出ている。
で、先の「白ワイン」と「洗った液体」を煮詰めてやって、濾す。
これで、「北寄」の「味」「香り」は、一つも捨ててはいない事になる。
これを「ソース」として、「パスタ」に吸わせてやるのさ。


「パスタ」は日本食で言えば、やっぱり「米の飯」ってところ。
「美味しい味」を吸った「パスタ」は、「ご飯」で言えば、
「丼物」の「汁」を吸った「ご飯」のイメージ。

考えると、ほーら、美味しそうでしょ?

newport宮木英貴



2013年2月9日土曜日

2/8金曜 鹿丼


「鹿肉」は美味い。

《道東産「鹿のモモ」をタタキにして、
生野菜と野菜チップとを盛りつけました。
「鹿肉」は「高タンパク」「低脂肪」「低カロリー」
その上「鉄分タップリ」だそう。
「高タンパク」のおかげで「旨味」もタップリ、で、
下手すりゃ「牛肉」より「クセ」がない。
早い話「美味く」て「食べやすい」。
女性の方々、食わなきゃ「損」ですよ。》
当店の「鹿肉」メニュー、「鹿のたたき」で、
唄い文句を、そうさせて頂いている。

過去の苦い経験から抜け出せない、頑固な「舌」をお持ちの方々、
デジタル的細密さの「舌」をお持ちの、一部「食」にうるさい方々、
そんな方々以外、概ね「美味い」と好評だ。

確かに、かつて、「血抜き」が不完全な、
「臭い鹿肉」が出回っていたのは事実。
「鹿肉の赤身」には「脂肪」が少ないので、
チョイ「火」を入れ過ぎると、「パサつく」のも事実。
「野生」だからって、その「臭い鹿肉」を「良ーく」焼いたら、
そりゃ「目」も当てられない。「不味い」に決まっっている。

今時は、「鹿肉」の「業者」だって「競争」の真っ只中、
「血抜き」の処理は「完全」なのは言うまでもないし、
「品質向上」「安定供給」に力を注いでいる。
「web」上では、素晴らしい仕事の「業者」が、
「しのぎ」を削っているのを、見ることができる。

是非「過去の苦い経験」は振り払ってもらいたい物だ。

しかし、
「デジタル的細密さの舌」は、持ち主の「持って生まれた業」だ。
例えば、「鹿肉」は「鉄分」が多いので、
それを持ってして、「血臭い」「獣臭い」等を言われるのであれば、
それはそれでしょうがない。「美味い鹿肉」は諦めてもらうしかない。

「ポンコツ」な舌しか持たない私的には、「血臭い」とは思った事はないし、
「マグロ」「牛」より「クセ」は無いと断言できる。

ちなみに、この度の「鹿丼」、
「鹿肉」を強火で「ガッ」と、炙っておいて、
「バター」「しょう油」で味つけた物。
「飯」と「鹿肉」の間に、
「玉ねぎ」を炒めたのと「炒り卵」が挟まっている。
前日、その「賄い計画」を、うっかり「S林君」に漏らしたら、
「えっ⁉お前ら、そんな美味そうな物食ってるのか!!」と怒りの表情。
当店の「鹿のたたき」を「愛おしそう」に食っている真っ最中の事だ


ま、一つ言っておきたいのは、
「他店」で食って駄目だった「経験」をもって、
「鹿肉はね…………。」と言うのは、やめて頂けると幸いだ。
一度食ってみてくださいな。

newport宮木英貴





2013年2月8日金曜日

2/7木曜 大麦麺、熱盛り


なんたって「細目昆布」「ナメコ」が入っている。
「大好物」の「オンパレード」、いや嬉し。
作り手の好みがつい出てしまうのは、こりゃしょうがない。

「鶏出汁」で「しょう油」濃い目のツユを作って、
好きな「具」をあれやこれや煮ておいて、
仕上げに「細目昆布」をサッと煮て、食卓へ。
「温かい」ツユに、「麺」を漬けて食おうって事。

「細目昆布」の磯臭さが、むせ返る。

「熱盛り」って、例えば「鴨せいろ」とか言う命名で、
そこいら辺の「蕎麦屋さん」に良く見られる、
「具」の入った暖かい「ツユ」に、
冷たい「蕎麦」を漬けて食べるスタイルを言っている。

さて、ここで「疑問」が生ずる。
「熱いツユに、冷たい麺を漬けたら、ヌルくなるぢゃん。」
普通に「盛りそば」やら、「盛りラーメン」なら、
暑い「夏」の盛りならいざ知らず、この「厳冬」には、チト厳しい。
「ストーブ背中に、アイスクリーム」と気取ったところで、限界はある。
「熱い」ツユに「冷たい」麺なら、いくぶん柔らかくもなる。
「寒さ」を思えば、「ヌルさ」も許すってところなんだが。

「大麦麺」ってのは「字」の如く、「大麦」で作った「乾麺」。
茹でて「冷水」にさらし、「締めて」「ぬめりを取る」までは普通に作業。
「ぢゃあ」ってんで、も一度「お湯」に戻して温めた。
「温かい麺」を漬けて食おうって寸法。

こりゃあ予想通りで、急いで食わにゃあ「くっ付く」、早く「伸びる」。
「温めた」おかげで、「麺」の表面の水分は「麺」が吸うので、
「ツユ」が薄まらないって利点もある。
最終的な感想は「ぢゃあツユかけて、普通に"かけ"で食えよ」って、とこ。

聴くところによると、
いわゆる「ラーメン」店の「つけ麺」は、
「冷たい」または、「温かい麺」に「油」をかましているそうな。
「油」をかますなら、「温かく」てもくっ付かないし、
「ごま油」「オリーブオイル」と、「油」にも工夫できるって物。

次回への宿題が出来ました。

newport宮木英貴



2013年2月7日木曜日

2/6水曜 クリームシチュー


いわゆる「クリームシチュー」だ。
「クリームスープ」だ、「小鳥がどうした」だ、
みたいな「シャレかましたスープ」とは違う。
子供の頃からある、「白」くて、「トロン」としたヤツ。
お袋が、そこらにある「野菜」と「豚肉」で作ってくれたヤツだ。

箱に入った「インスタントの素」を使っていた。
あれは、全く「魔法の箱」だった。
どうして、あの「魔法の箱」を使うと、
「白」くて、「トロン」とした、「美味しい食物」が出来るのか、
もう不思議で、不思議で。

後に「コック」さんになって、
「ベシャメルソース」を「牛乳」で延した物、
「牛乳」を、「小麦粉」で「トロ味」を付けた物と知る。
もっともその頃になると、「クリームシチュー」何て物は、
「忘却の彼方」、もう食わなくなっていたが。

最近、時たま食いたくなる。
「インスタントの素」なんざ、買う「気」も「時間」もない。
水分は、100%「牛乳」で、「小麦粉」で固める。
おかげで、余計な「味」が入らない、
「野菜」「肉」の旨味だけの「シチュー」ができて、美味い美味い。
子供の頃の「クリームシチュー」から、「懐かしさ」を引くと、
「チョイ」ベタつき気味の味が蘇る。


当然の事、子供の頃、普段は「ご飯が主」の食事だが、
「クリームシチュー」の時は、ワケが違う。
「ご飯」じゃあなくて、「パン」「角食」が付く。
時に「トースト」、時に「そのまま」。
「外国のメシは、かくありや」
子供心は、行った事もない「外国」に羽ばたく。
のさ。

newport宮木英貴


2013年2月6日水曜日

2/5火曜 赤味噌しょうがラーメン、細目昆布乱入


ラーメン食いたきゃ、自分で作る。」ってパターンが定着してきた。

「麺」は、スーパーで売っている「ヤツ」。
「品質」「味」も、以前みたいに「茹でたらベロベロ」何て事もなく、
そこそこのヤツを買えば問題ない。

何て言っても、
「スープ」の味がコントロールできるのが「ミソ」で、
「味噌、塩、しょう油」はもちろん、「油の質、量」やら、
「さっぱり〜こってり」もお好み次第。
最近の自分的トレンドは「見た目こってり」「食べてあっさり」。
「油」は、主に「ごま油」「オリーブオイル」の植物性、
たまに「豚脂」「鶏脂」も。
「味」は「焦がししょう油」「中国しょう油」「赤味噌」を使ったりする。

「出汁」は、それこそ無限。
普段の作業で、「茹でる」「煮込む」はしょっちゅうの事、
その辺を流用したり、別に「鶏」で出汁を取ったり。
例えば「マグロ」をサラダ用に茹でたりするが、
これは、凄ーく良い「出汁」になる。

これに、
「にんにく」「しょうが」「コショウ」「とんがらし」等で、
「風味」「香り」「味」を足してやる。
それぞれ、時に「出したり」「引っ込めたり」。

で、今回のコンセプトは「赤味噌」で「さっぱり」、
「しょうが」を、ガッツり効かせて、体を暖めようって寸法。
「出汁」は、流用できるものが無かったので、「豚、牛の合挽き」を使用。
「ひき肉」は、「粒」が小さい分「表面積」が大きいので、
「手軽」に「早く」出汁が取れ、ついでに「具」にもなる。
「一石二鳥」、急いでいる時はお勧め。
これに、濃厚な出汁が取れる「アジの煮干し」を加えた。


ところで、
食う段になって、乱入する物あり。
昼間スーパーで、「細目昆布」を見つけた。
これが、「大好物」中の「大好物」。
「スーパーにあるなら、市場はもっとだろ!」ってんで、
「南樽市場」に直行、「細目昆布」の「花盛り」に思わず目が潤む。

普段は「味噌汁」、たまに「佃煮」で食うのだが、
同じ「味噌系」と思い立ち、この度の「赤味噌ラーメン」に投入。
いや、「キッチン」に拡がる「細目昆布の磯臭さ」、最高。
「さっぱり赤味噌しょうがラーメン」に舌鼓のはずが、
「細目昆布」がすっかり主役に取って代わった。

「細目昆布」のみならズ、
冬は「生わかめ」「ふのり」「銀杏草」「海苔」「メカブ」……。
春は「フキ」「ワラビ」「タケノコ」………。
夏は「もずく」。
秋は「落葉」。
小樽に暮らす「幸せ」なり。
あー、イガッタ。

newport宮木英貴





2013年2月2日土曜日

2/1金曜 コンビニ弁当、カップ麺


「飯の支度間に合わぬ。」時は、「弁当」のお世話になる。
まあ、学生時の「母の愛情弁当」、嫁の「愛妻弁当」ってのもあるが。

食い物は、そもそも「適温」で食べるのが断然美味い。
「熱い物」は「熱く」、「冷たい物」は「冷たく」。
「弁当」はある意味、その絶対条件を無視している。
例えば「揚げたて」を食えば、美味いに決まっているいる物を、
わざわざ、冷ましててから食う。
「冷たい物」も、保管状態によっちゃあ「ヌルく」なる。

「弁当」を作る時は「冷めたら、ヌルくなったらどんな味?」っていう、
脳内作業を一つ、しなきゃならない。

先の「母、妻の愛情弁当」は、
「熟考」の上に、「愛情」ちゅう「スパイス」に包まれ、
そりゃあ美味いに決まっている。
が、いわゆる「コンビニ弁当」は、
今時、メーカーによって料理的研究が重ねに重ねられていても、
やっぱ「イマイチ」、「んー?」だ。
「愛」が感じられないのである。


最近、ちょいと「ヤボ用」が続き、「弁当」を頂く事が多かったが、
その「ヤボ用」中、
某「高島の仕出屋、Nづか」さんの弁当を頂いた。
来賓の世話に追われ「写真」を失念し、画像をご紹介出来ないのが残念だが、
これが「絶品」。「愛」が詰まっているのだ。
これは、「職人」が「お客様」に向ける「愛」だが、
「喜んでもらおう」って「優しさ」「目線」と、
「美味い!と言わせてやる」って言う「気合い」「気迫」だ。
もう「隅」から「角」まで美味い。

例えば「冷や飯の美味さ」なんぞは、誰でもしっかり知っている。
「変」な物なら、直ぐにバレちまうが、
来賓の「バアさん」も、「これ美味しい」と目を丸くしていた。
これなら、ご馳走のし甲斐もあろうってもの。

昨日も、久々の開店で、その準備に追われ、
「賄い」は「カップ麺」、そして「コンビニ弁当」。
これが「不味くはない」けど、「とりあえず食っておこうか」って感じで、
「食事」と言うより、「餌」。

しばらく「コンビニ弁当」はいいや。

newport宮木英貴