「ピカタ」って言うと、思い出す「お人」がいる。
ちなみに、「ピカタ」ってのは、そもそもは「イタリア料理」。
チーズ(パルメザン)を混ぜた「卵」の「衣」を着せた、肉料理。
肉は、「鶏」「豚」「仔牛」なんかを使う。
まあ、「やり様」によっちゃあ、使っている「フライパン」の「大きさ」まで、
見た目を大きく出来る。
見た目を大きく出来る。
つまり、「肉」の大きさを誑かす事が出来る。
さて、その「お人」、齢「70歳」にも手が届こうっていう「ジジイ」。
その「ジジイ」、なんたって「シワい」。凄ーい「ケチ」だ。
20数年前、たまたま半年程手伝う「ハメ」になった、某キッチンの「ぬし」。
そう「ぬし」って言い方がハマる。
だって「彼」は、そのキッチンの「チーフ」でも「親方」でもなくて、ただのペーペー。
にも関わらず、そのキッチンに君臨している。
上野の昔からの「洋食屋」に生まれ育ち、
「東京六大学」にも含まれる「有名私大」を卒業した、
ちゃきちゃきの「江戸っ子」。
どうも時の「戦争」にも狩り出されたらしく、「洋食屋の家」は焼き出さた。
んで「食い物」に困らないってんで、「コック」になったらしい。
当然「チーフ」「親方」の経験も経て、定年退職後あちこち流れ歩いていた。
所にもよるが、だいたい当時の洋食のキッチンの「中心」のポジションは、
「ガスレンジの前」、つまり業界用語で言うところの「ストーブ前」。
「火」を使うんだし、年寄りには、危なっかしくていけないんだが、
「彼」は、強情に「俺はここしかやらないよ」と、そこに陣取る。
で、誰がどう見ても、一番目立つ、邪魔な場所に立ち、
「本社の営業」だろうが「チーフ」だろうが、誰が相手だろうと「毒」を吐き散らかす。
いわゆる「小言幸兵衛」「ご意見番」だ。
さて「ピカタ」だ。
ある日「賄い」の段になって、
「鶏があるはずだから、使いなさいな。ピカタにしなよ。」と言う。
って、見てみると、ほんの一二枚しかない。
そのキッチン、7~8人はメンバーがいるから、一枚で3~4人前取らにゃならぬ。
「ピカタに、すりゃあ大きさが分からないよ。卵は安いし」と、宣う。
まあ当時の自分に取っちや、「目からウロコ」には間違いなかったが、
その「セコ」さに、驚きもした。
その武勇伝の数々。
・「ラップ」を使い過ぎとのご意見、全員が、洗って干して再利用した。
・普通、物を茹でる時は「塩」を入れるが、「捨てるお湯に勿体無い」と入れない。
「チーフ」が「安いんですから」と言っても聞きやしない。
・「賄いの飯はいっぱい炊きな。安いんだから。」と言いつつ、
「オカズの味は、塩っぱくしな。ちょっとで、飯を沢山食うから。」だって。
「若い者は、飯を沢山食えば、摘み食いはしないよ。」との事。
・鍋底にこびりついた「飯」は、まずは「水」で洗って「飯」を冷凍して貯めておく。
いい量になったら、「おじや」にして食う。
・野菜の皮だって、絶対捨てないで、何かに使う。
etc.etc.etc.etc.…。
「ケチ」を言うより、懐かしさが先に立ってしまって、
思わず、長々となってしまった。
なんにせよ「勿体ない」精神が鍛えられたのは言うまでもない。
今時、
こういう「ジジイ」は、一般的にも必要なのかも。
newport宮木英貴