2013年9月6日金曜日

9/5木曜 鍋焼きうどん


めいめいに「アルマイトの鍋」で煮られた、
「鍋焼きうどん」はそりゃあ好きだった。

一人一人に「鍋」で出て来るのが「素敵」だった。
「鍋」一つが一人分に完結しているのが「感激」だった。
どうしたって「鍋」から直接食う「非日常」が「うきうき」だった。


当家の「汁」は、多分北海道では標準と思われる「しょう油」味だ。
吹きこぼれた「汁」の、香ばしい「しょう油」香りは、
「鍋焼きうどん」のイントロ。

「鍋焼き」にゃあ、なんたって「卵一個」が乗っかっている。
我が家は母親のやる事に「好き嫌い」は言える家ではなく、
「卵は半熟」を祈った。と言うのも、
「卵」が汁に混じって「濁る」のは好きな「質」では無いので、
先ずは「卵」を食う。

そうなると、あまり「生」なのは困る。
「黄身」が汁に流れる前に「一気に丸飲み」って事になっちまい、
「卵」が楽しめないし、下手すると「卵」が冷たい。
だからと言って「ハード」なのは、モサついて面白くない。
やっぱ「半熟」に限る。

「良く煮えたうどん」も魅力だ。
どうしたって「鍋」で煮込みゃあ、
「カケ」とじゃあ「うどん」の表情が違う。
何時も以上に「黒い柔らかいうどん」に気分はトロけた。

「柔らかい」っちゃあ「麩」も外せない。
「トロっトロ」の「麩」に「舌を火傷する」事を教えられた。
多分「天ぷら」は入っていなかったか、
入っていたとしても前日の残りの「ごぼうのかき揚げ」だ。
じゃあなければ「天かす」であっただろう。

とまあ、久方ぶりに食いたくなったってとこ。

後に母親の趣味で「アルマイト」は「土鍋」に取って変わられたが、
「土鍋」の何時までも続く「グツグツ」は、
それはそれで、充分に魅力的だった。
「当店でも」と思ったとこで、一人用の「土鍋」は見当たらず、
「しょうがねぇ」小さいフライパンで代用。

「フライパン焼きうどん」になった次第、
今いち見てくれはしょぼい。

"newport"宮木英貴



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