「炸醤麺」って書いて、
「ザージャー麺」だと思っていた。
「ジャージャー麺」の方が、発音が近いらしい。
昔、東京在の時分、最寄りの駅の近くに、
「四川」出身らしい、ほぼ同年輩っぽい人がやっている、
カウンターだけの、「ラーメン屋」に毛が生えた程度の店があった。
注文以外、数度言葉を交わした程度だとおもうが、
片言の日本語が、妙に耳ざわりが良く、足繁く通っていた。
彼が「ザージャー麺」って言っていた気がしたんだが…。
どこを検索しても「ジャージャー麺」で、
何か「ただ炒めてます。」みたいな感じで、どうも好きじゃない。
まあ、だからどうって事でもないんだがね…。
あくまでも、「イメージ」の問題。どうでも良い事。
さて「何か」の拍子に「何か」が無性に食いたくなった時、
「作ったこと無い」「イマイチよく分からん」時は、
得意の「Web検索」となる。
今時は「レシピサイト」も充実の一途、何のレシピでもござる。
二十数年前、金が無くて、
本屋で専門書を「立ち読み」で、読みふけった頃とは、比べるべくもない。
「隔世の感」とはこの事。
最近では、メニューに行き詰まると、時にながめている。
これが、けっこう「役」に立つ。
時には「こんな凄い発想が!」みたいな、感動さえ覚える事もある。
「痒いところに手が届くってのはこれ!」って時もある。
「万人による、万人のためのWeb」
このシステムは凄い。
何かで「TV」で「炸醤麺」が出て来た。
「食いたい」気持ちはむくむくだが、作った事無い。外で食う気もおきない。
で、「Web」へ............。
さて「炸醤麺」のレシピ。もう、あるわ、あるわ。
こう言う時は、「レシピ」を斜めに読む。
食いたい物の「イメージ」は、もとより、
「材料のあるなし」「時間のあるなし」「やる気のあるなし」etc.
様々な要因が絡むので、一つの「レシピ」にこだわってたら、
形にならない可能が高いからだ。
言い替えれると「良いところ」取りでもある。
「レシピの斜め読み」はお勧め。
自作、初「炸醤麺」、
結果は見た目は「イメージ」通り、味は少々違ったがしょうがない。
なにせ、そこらにある物を、ばんばん放り込んだ。
「もったいない」「食っちゃえ」が、出来上がりを「左右」もする、
必ずしも、良い事じゃない。
ところで「炸醤麺」は変な料理だ。
汁なしの温かい「麺」に、「肉味噌」みたいな「ソース」。
それに冷たい「きゅうりの千切り」。
「温度」「歯触り」「口内調理」を楽しめって事?
嫁が、「なんで炸醤麺は、きゅうり?」と訪ねる。
「まー、ソースの濃い味緩和だろ?」って、答える。
良く考えると、答えになっていない。
緩和だけなら「大根」でも良いことになる。
中国4000年が、ここにある。
けど、そもそも中国に「炸醤麺」あるの?
newport宮木英貴
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